国家〈上〉 (岩波文庫)



国家〈上〉 (岩波文庫)
国家〈上〉 (岩波文庫)

商品カテゴリ:人文,思想,学習,考え方
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極論のオンパレード

古典に対する偏見としてよくあるのが、「古典には、発表当時は画期的な主張だったかもしれないが、今日では常識化した陳腐なことが書いてある」というものだ。本書を読めば、そうした思い込みがいかに間違っているかが分かるだろう。

本書は、最初から最後まで極論のオンパレードである。「真実を見通す力を持ったのは哲学者(科学者)だけだ。だから国家は哲学者(科学者)が統治すべきだ」とか、「誰もが家族のように仲良くなれるよう、赤ん坊を肉親から引き離し、誰が誰の子供だか分らないようにすべきだ」とか、「フィクションの価値はもっぱら社会に与える影響の観点から評価されるべきだ。だから青少年に有害なフィクションは徹底的に取り締まるべきだ」とか、ともかく過激な主張が続く。もし誰かが同じ主張を今ブログに書いたら、炎上しそうなことばかりだ。約2400年前に書かれた本書だが、その論争性は当時も今も変わらない。だからこその古典なのだろう。

なお、本書を読む際は、「古典は一文一文を熟読吟味しなければならない」という思い込みも捨てるようにしたい。大部なので、そんなことをしたら途中で疲れてしまうだろう。少なくとも初読時は、小説のようにサラサラと読み進めたらよいと思う。幸い、藤沢令夫の訳は大変読みやすい。
人類の思索の歴史を知るのには役立つか

人類の思索の歴史を学ぶには良いと思う(表面的認識と実相・本質の認識を分解する考え方)。また、複雑化した現代政治を単純化して見る視点を提供してくれる面もある(民主制の必然的堕落など)。しかし、古い。新しい発見というものは無い。
時代を超えてのプラトンの問いかけ

 本書は2400年前のギリシャ時代になったものであるから、現代からみれば、ずれている論点もあるが、論理の進め方はこれがギリシャ流、プラトン流かと感嘆する場面が多いし、人間心理の洞察とその表現は秀逸である。国制(社会)とその国民の存在と営為への分析は精神科医のようでもあり、そのまなざしは近現代の社会状況をも言い当てていて恐いぐらいである。現代は科学において進歩してはいるが、ギリシャ時代の人間の思慮分別に優っているのか?、むしろ劣化しているのではないかと思わせる。プラトン(ギリシャ人)が現代人(日本人である自分)に対話しようと問いかけていると考えてはいけないか。
正義とは何か

プラトン哲学の最高峰である『国家』。洞窟のイデアや哲人政治は、あまりに有名で、その後の学問界全体への貢献は計り知れない。国家とは何か、どうあるべきかという議論の端緒となる本であり、古典中の古典。はるか2000年以上を経た現代においても通じるところが多々ある。必読。

本書の内容を一言で述べるならば、正義についての考察である。その正義とは何かを考察するために、国家の正義を考えることで、その解答を見出そうとしている。


上巻では、正義の定義が試みられている。そこではまず、あるべき国家の姿が描かれている。その国家は正しい(=理に適った)仕方で想像されているがゆえに、「知恵」「勇気」「節制」「正義」を備えていると考えてよい。そこでは正義とは以下のこととして定義されている。「各人は国におけるさまざまの仕事のうちで、その人の生まれつきが本来それに最も適しているような仕事を、一人が一つずつ行なわなければならないこと。(略)そして、自分のことだけをして余計なことに手出しをしないことが正義なのだ」(p.p.297-298)

この国家におけるのと同じ仕方で個人にも同じ特質がある。個人における正義とは、「魂のなかの諸部分(人の魂における理知的部分と欲望的部分と気概の部分)を、自然本来のあり方に従って互いに統御し統御されるような状態に落着かせることであ(る)」(p.444) いわば、自律の精神こそが、ここでは称揚されていると捉えてよいだろう。

ここでは、正義が、報酬や評判によって讃えるということはされていない。下巻からの抜粋になるが、「正義はそれ自体として魂それ自体にとって最善のものであるということ(中略)魂は必ず正しいことを心がけなければならぬ」(p.350)と規定されている。いわば不正とは魂における病気である。不正によって報酬が得られたり、不正を隠して正義だと偽ることで得られる評判などは問題でない。自らの心の内においてこそ正義は意義をもっているのである。

(もっともプラトンは、正義の報酬として、現世の利益が神から約束されているし、死後にもその報酬を受け取るという論で、『国家』の最後を結んでいるが)
理想主義者プラトン

プラトン著作の中でも最大かつ、最も物議をかもし出す雄編です。 やはり非難の的となるのはかなりエリート主義的な教育論、独断的な芸術論、兵士たちは妻子を共有すべしという共産主義的な主張でしょう。 第十章のエルの物語もなんだか自説を正当化するための強引なつくり話に思えます。 これがナチズム、共産主義につながったという意見も確かにあり得ますが、それだけでこの本を全否定するのも惜しい気がします。 むしろ、正義とは何かという命題を考える時に、正義という概念を人間全ての問題として、まず国家という大枠に当てはめて考え、その国家が成立するために必要なものは何か(指導者、教育、軍事)?という議論を展開し、最後に正義はかように人間が生きていくために必要なものなのだ、という結論へ戻ってくる雄大な思想の試みはすごいものだと思います。 善きにつけ悪しきにつけ、人間が想起した最初の国家、正義論で、やはり一読の価値がありです。 思うにプラトンというのはかなりの理想主義者で、彼の理想をそのまま現実に移し変えようとすると大概おかしなことになるのでしょうが、理想主義ならずとも思想というのは往々にしてそういうものではないでしょうか。 極論は避け、学ぶところだけ学べばいいと思います。

黒澤明監督の名作“天国と地獄”という映画の中で、誘拐犯を憎むあまり、彼をしばらく泳がせておいて、もっと悪事を重ねさせた後で逮捕して死刑にしてやろう”という警部が出てきます。 常識から言えばこの人のやっている事は無茶苦茶です。 現にこの誘拐犯はとうとう殺人を犯してから逮捕されますが、殺される側である我々一般市民にしてみればたまったものではありません。 不思議なのはもう50代の黒澤監督がこのような脚本を平気で書いてしまうところ。 これも理想主義者が時折犯す“極端”の一例ですが、それだからといって彼ら理想主義者の作品を一概に意味なし、とするのはあまりに惜しいと私は思います。  



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